フランス革命では貴族は特権身分としてそれまでの暮らしとは一変します。
フランス革命が起こる前とその後でその暮らしがどう変わってしまったでしょうか。
ヨーロッパの貴族制度
ヨーロッパの貴族制度はその起源がフランク王国と言われています。
フランク王国は5世紀から9世紀にかけて隆盛した国で、ブリテン諸島を除く現在の西ヨーロッパのほとんどを支配していました。
それゆえに各国の貴族制度ないし爵位というのは似通っているというわけです。
貴族はもともと国の守護や戦時の際の戦力提供といった軍事的な責任を負うもので、その対価としてある特定の地域の支配権を君主から与えられていました。
貴族は世襲制でしたのでそれが結果的に封建制と強い結びつきを持つこととなります。
贅沢の裏側
その封建制度からの慣習で貴族は税を免れたいましたし、それと同時に自分たちの領地から税金も得ていました。
宮廷にも赴く彼らは貴族としての装いも整えなければなりません。
華美な服装はもちろん、私たちが知っているものでも驚くものの一つにかつらが挙げられると思います。
現代でも「盛っている」という表現でなかなか驚く髪型がありますが、当時の貴族、特に女性の髪形は凄まじいものがあります。
中でも特に印象的だったのが、なんと鳥を頭に飼っているような髪型もありました。
当時の宮廷は現代的な意味でのファッションの最先端が集う場所でもあり、婦人たちは互いに競い合っていたとも言われています。
また14世紀にペストが世界中で猛威を振るいました。
ペストはその症状の見た目や致死率から「黒死病」と恐れられました。
当時は感染源が水であると思われていたため、もともと入浴の習慣が根付いていなかった上にさらにお風呂に入らなくなりました。
当然不衛生で臭いも出ます。
そういった事情から香水が生まれ、貴族たちは不衛生なかつらや身体に香水を使って臭いをごまかしていました。
革命後の貴族
それでもそれは贅沢の上に成り立っていた生活でした。
フランス革命が勃発し、その流れがフランス全土に波及すると貴族などの特権身分のものは亡命を始めます。
理由としてはパリでの事件が全国的に広まった結果、各領地で働く平民が領主に対して暴動を起こすようになったからです。
そして人権宣言が採択された結果、名実ともにこれまでの封建制度は無くなり、古い秩序、古い概念に守られてきた貴族たちの特権も無くなったといえるでしょう。
しかしながら貴族としての特権はなくなりはしたものの、その後も称号や爵位は引き継ぐことができました。
無事亡命していた貴族やジャコバン・クラブの独裁で命を落とさずに済んだ貴族たちも、その後の王政復古をもってまた政治に関わるようになっていきます。
とはいえ革命によって封建制度はなくなっていますし、19世紀になり政治体系もまた変わっています。
近代以降の貴族は中世・近世の貴族観とはまた違っているのも確かでしょう。